
アメリカの国家元首である大統領よりも強い権限を有する公職がアメリカの中に存在することを皆様はご存知でありましょうか?普段考えたこともない質問だと思いますが、そのような公職が実際にここアメリカで存在しているのです。答えは、アメリカの最高位の司法官である合衆国最高裁長官です。もし大統領が何らかの罪を働いて法に反することがあった場合、弾劾裁判という法廷の場が設けられて、審議が行われることが合衆国憲法で定められています。もしこの裁判で大統領に有罪判決が出た場合は、大統領の職を罷免されますので、弾劾裁判と呼ばれています。この大統領に対して訴追がおこなわれるこの弾劾裁判の裁判長が最高裁長官が務めるということにやはり合衆国憲法で定められています。
このような大統領が万一にも弾劾裁判にかけられるような不測の事態が発生した場合に大統領に対して唯一判決を言い渡すことができるのが、最高裁長官だということですので、その場合は大統領よりも強い権限を有するということになります。最高裁長官を指名するのは、現職の大統領でありますが、指名して選んだ人間が大統領自身の命運を握る人物になりうるわけです。しかもこの最高裁長官という職務は、終身職ですので、任期が最長2期・8年しかない大統領と比べても一度この職務に就任したら、死ぬまで職を全うすることができるのです。現在の最高裁長官は、日本の方々にはあまり馴染みがないかと思いますが、2005年にジョージ・W・ブッシュ前大統領によって指名され、上院で承認されたジョン・ロバーツ・ジュニア氏です。彼は、就任時が50歳で、現在は、57歳です。彼が死亡するまでこの長官職は続くわけですから、ひょっとして30年以上にわたってロバーツ氏が健在でさえあれば職を治め続けることになります。
現在のオバマ大統領は、歴代で46代目の大統領になりますが、このロバーツ氏は、歴代で17代目の最高裁長官です。歴史を紐解けば、アメリカがイギリスから独立を果たしてジョージ・ワシントンが大統領に就任してこの最高裁長官の職も制定され、そしてその人事が行われたわけです。最高裁長官の職は最初から終身制であったため、46人の交代が大統領にあったのに対して、最高裁長官は200数十年を経た現在までもまだ17人しか交代がないのです。さらにこの合衆国最高裁には、全部で9人の裁判官(正確には“判事”)が定員と定められていて、最高裁長官もその一人であります。ですから最高裁長官以外に8人の裁判官がいて、それら最高裁の裁判官は、すべて終身職で現職の大統領が指名をして上院で可決の上に承認されるという手続きを踏むことがこれも憲法で定められています。なので、考えようによっては、これら最高裁の裁判官8人衆も大統領の任期よりも断然長く居座り続けることができますので、相当なスーパーパワーの持ち主たちだといえます。
話を少し戻して、弾劾裁判の件についてもう少し加筆したいと思います。アメリカの歴史の中で現職の大統領に対して過去2回この弾劾裁判の手続きが踏まれて、大統領が弾劾裁判にかけられたことがあります。こう書きますと私は、てっきり「あのニクソンかな?」という最初の印象を持ったのですが、ニクソンはかのウォーターゲート事件によって、弾劾裁判にかけられる前に自ら大統領の職を辞したので、結局この弾劾裁判にはかけられませんでした。過去に弾劾裁判にかけられて有罪か無罪かで司法判断を問われた大統領2人というのは、1人目は、アンドリュー・ジョンソン(任期:1865年~1869年)で、2人目はあのビル・クリントンが不倫事件の一件で1998年に弾劾訴追を受けています。ただし、2人とも弾劾裁判にはかけられたものの、上院の評決で無罪となり、大統領の罷免は免れています。
現在就任しているロバーツ最高裁長官を含めた9名の構成を見ますと、9名のうち女性が3名、マイノリティ出身者が2名となっていてあとは白人男性です。オバマ大統領になってから任命された裁判官は2人いるのですが、その2人ともまだ現時点では50代の女性です。大統領が指名をしますので、その時々の大統領が共和党であるか民主党であるかによって、最高裁裁判官も司法判断傾向が保守派であるかリベラル派であるかに分かれます。オバマ大統領が指名をした2人の女性裁判官は、リベラル派に属します。オバマ大統領の就任によって、現在では保守派とリベラル派の裁判官の数が拮抗した状態になっています。9人のうち1人だけ保守派でもなくリベラル派でもないという中間派の裁判官がいます。レーガン大統領の時代に指名されたアンソニー・ケネディ裁判官です。
ということで、この国の行く末を占うほどの何か非常に重要な法案に対しての連邦政府と州政府ととの間で繰り広げられることのある違憲裁判などで最高裁の司法判断を仰ぐ際には、この中間派に属するケネディ裁判官の拱手が重大な鍵を握るといわれています。ここ2ヶ月前ほどの間にその最高裁での司法判断が下されたアリゾナ州の移民法の大部分を違憲とし、「オバマケア」と呼ばれる医療保険改革法については、その大部分を合憲とした判断を下しています。このときもケネディ裁判官が投じた判断がオバマ大統領にとって有利に動いたとマスコミは報道しています。
このように連邦政府の最高位にあるアメリカの大統領であってしても、州政府を相手に訴訟したり、訴訟されたりするのがアメリカでは常に起こりうるわけです。訴訟社会といわれて久しいアメリカは、ことほど左様に連邦政府であろうが大統領であろうが、訴訟されるリスクと隣り合わせにあります。その行方を握っている最高裁裁判官、そしてそのトップの地位にある最高裁長官は、大統領さえをも凌ぐほどのスーパーパワーを有していると申し上げられる所以であります。オバマ大統領といえども最高裁の判決を固唾を呑んで待つしかない身の上なのです。
P.S. パシフィック・ドリームズ社のウェブサイトにも是非お越し下さいね。 www.pacificdreams.org
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