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6月に連邦最高裁から出された、アリゾナ州が制定した不法移民取り締まり強化を狙った州移民法の大部分を違憲とする判断を下したことは、日本ではさほど大きな報道にはなっていなかったようですが、この11月の大統領選挙で再選を目指すオバマ大統領にとっては、大いに追い風となる判決結果であったものとみられ、当然のことではありますが、アメリカ国内の主要メディアはどこもかしこもこぞって大きく取り上げておりました。
 
アリゾナ州の新しい移民法は、滞在資格を証明する身分証明書などの提示ができないこと自体を罪としたり、不法移民の人間が職を探す行為そのものをも犯罪だとする、不法移民に対して大変に厳格な内容を伴った、例を見ない州法として約2年前に制定されました。ところが国の移民管理政策を一手に担う連邦政府がこの州法はアメリカの憲法に違反するものだとして即座にアリゾナ州に対して新州法の施行差し止めをするための訴訟を起こしたというのがことの起こりであり、最高裁においてその判断を求められていた経緯でした。
 
今回の最高裁の下した判断のベースになっているのは「移民管理は連邦政府に相当の権限がある」としたもので、アリゾナ州が制定した州独自の不法移民対策を違憲としました。ただし、不法移民の疑いがある人物に対して、つまり外見から判断をして、警察官が身分証明の確認を取ることができるとした州法の条項に対しては合憲だという判断をしました。これに対してはオバマ大統領は判決後に声明を発表し、この部分の合憲判断が及ぼす影響力に懸念を有するとしています。一方のアリゾナ州のジャン・ブリュワー知事(共和党)は、新移民法の核心部分が合憲判断を受けたということで、アリゾナ州の法的勝利であったとの声明を発表しています。
 
ことほどさように、今回のような連邦政府が州政府を訴えるというのは、まさに連邦と州との間には埋めようのない大きな溝が常に潜在的に横たわっているからだといっても過言ではないと思います。日本人の感覚からすれば、アメリカの各州は日本の都道府県のような感じがするかもしれませんが、各州はほぼひとつの統治国家であると呼んでよいと考えられます。まずその州独自による政府機関と法律とを持ち、その法律というのは、日本の地方の条例などとは比べようがないほどに、強靭な法制度の世界をがっちりと形成しています。ですから、極端にいえば、アメリカにある50州にあるそれぞれの州法はすべて異なる法律から成り立っているということがいえるわけです。本来であれば、州法の上にアメリカの憲法に立脚した連邦法があって、連邦法は基本的に50州全部で適用される法律であるといえます。
 
もともと国の移民管理政策を取り仕切っているのは、連邦政府であり、移民法は州法ではなく連邦法であるという観点から、連邦法の範囲を大幅に上回るような内容の今回の州法は憲法違反であるとする最高裁からの判決でとりあえずは一段落することでしょう。しかしこのような連邦政府と州政府、連邦法と州法とのつばぜり合いや、はたまたお互い同士での相克というものはアメリカの歴史から見るとそれほど珍しいことでもないようです。歴史を遡れば、1860年代に奴隷解放問題で国家を二分した南北戦争が起こりましたし、最近のところでは、医療用に使うマリファナでの事例があり、全米12州の州法で合法化されているのですが、連邦法では常に違法とされていて、真っ向から衝突しあっています。
 
マリファナをあくまでも自身の医療用としてだけ使っていた人が、ある日会社のドラッグテストに引っかかってしまい、それが原因で会社を解雇されたとします。ですが、その州の法律(例えば、カリフォルニア州やオレゴン州)では医療用マリファナの使用が合法とされていれば、解雇された元従業員の人は、会社を相手取って訴訟を起こし、裁判に持ち込むことになったとします。裁判所の判決はマリファナは連邦法で禁止されているという理由から、裁判を起こしたその人は結局のところ敗訴してしまったというニュースが伝わってきたりします。
 
雇用法のケースで云えば、連邦法と州法とで法の適用に何らかの違いがあった場合には、原則として従業員に有利な方の法律を優先するということになっています。ですが、雇用法でない場合の法律においていえば、どうもそのような原則はそもそも存在していないようですので、裁判で争った場合の判決としては、まさにケースバイケースによる判断が下されているというのが現在の実情です。訴訟社会のアメリカでは、連邦法と州法の違いやギャップを盾にとって、訴訟を起こす人が後を絶ちません。弁護士も彼らの商売の種として、訴訟になるように火に油を注ぐことも厭わないわけです。
 
こうみると法律というものは、所詮人間が作り出したものである以上、矛盾がないなどということはなく、政府という権威が連邦と州とで二つも存在していれば、その二つの異なる政府の見解や解釈は違いがあってもそれは当たり前のことで、その二つが互いに激しくぶつかり合ったときの最終的な決着を裁定として白黒つける大御所が連邦最高裁判所だというわけです。このように連邦政府と州政府とで法律の適用や解釈に緊張関係が常にあり続ける限り、アメリカの弁護士の数は今後とも引きもきらないはずです。そして直接その影響を被るアメリカ人の人々にとって、嫌がおうでも法律に対していつも多大な関心を払わざるを得ないのがこの国に住む者の宿命であるかとも申せます。
 
 
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