
今年11月にニューヨークで行いました私の人事管理セミナーの中で、テーマを与えてセミナー参加者の方々にグループディスカッションをしていただいたことがありました。ディスカッションの後に、各グループにテーマごとの発表を行ってもらいました。テーマのひとつに「日本とアメリカでの人事についての違いは何だと思いますか?」という質問がありました。この質問に対して、あるグループから「日本では、現実にはひとつの会社に就社するのに対して、アメリカでは、スペシャリストとして会社を渡り歩くという違いがある」という発表がありました。うーん、これは多分その通りだと唸らせるに足りる回答でしたので、私の印象にも残りました。
日本では、大卒(高卒でも構いませんが)後、就職した会社にほとんどの職業生活を託すというのが私たちのような50歳代の人間には、ごく当たり前のことのように考えられていました。そうは言っても現実的にはひとつの会社で40年近くを送るには、まずその就職した会社が40年にわたって存在していなければなりませんが、今日のような時代には、上場している大手の優良企業と呼ばれている会社であっても、そんな長い間、果たして会社が存続しているかどうかなど誰も分かったものではないわけです。しかも大企業に就職すれば、海外を含めた子会社やグループ会社が何十、何百とあって、いつそれらの会社に飛ばされるのか、やはり誰にも分かったものではないわけです。
ですから、自分ではひとつの会社に就職したのだと思っていても、実際に本社にいる期間というのはせいぜい数年ぐらいのもので、その後は、地方の支店や営業所への転勤、あるいは海外の現地法人に駐在ということが普通にあるものです。会社としては、特に有能と思える社員にはさまざまなことを経験させて、何でも対応することのできる総合力ある人材に育てて、会社の出世コースを登りつめていってほしいという希望的な期待を持っています。その社員が優秀であればあれほど、ひとつの職務に留めておくようなことはせず、転勤するごとに違った職務に着かせたりさせます。ですから日本では社員は普通、ジェネラリストにならざるを得ないような体制となっています。
これに対してアメリカでは、エンジニアならエンジニア、営業なら営業、経理なら経理といった具合で、会社や業界は変わっても自分の持つ専門分野は変えないという傾向が確かに強くあります。ひとつの会社に就職したとしても自分がやろうと考えていた仕事が一向にできない、あるいは自分の能力が今の会社では十分に発揮できないと感じれば、別の会社を見つけて自分から転職していくことは、アメリカではごく当たり前のことです。確かに現在は、高失業率にあえぐアメリカの雇用環境がしばらく続いているため、ここのところ離職率は低下しつつあるのは事実なのですが、それでも会社で働くトップ10%の層は、いつ辞めてもおかしくないという状況には、何ら変わりはないものです。
アメリカ企業で働くトップ10%は、基本的にはどこの会社に行っても十分やっていくことのできる実力とスキルを持った人材であるといえます。今の会社を辞めても次に働く会社はほどなくして見つかり、次の会社でもトップ10%に入る可能性が高いのです。そのようなトップ10%の入れ代わりが起こることを会社の給与やベネフィット面からある程度防ぐことは可能ですが、それでも完全に防ぐことは、条件面からだけでは所詮無理があります。優秀な人が他社に移ってしまうというのは、どうしても起こりうることで、こればかりは会社からのコントロールが及ばないのは、いた仕方のないことだとアメリカでは割り切られています。
このようなアメリカ企業が持つ人材流動の傾向に対して、アメリカにある日系企業は、ちょっと中途半端な立ち位置にあると思われます。最近の日系企業の離職率を見ると、業種や規模によってバラツキは確かに大きいのですが、従業員数が50名プラスの中堅企業サイズに関してみると、離職率はアメリカの同業他社などと比べると、非常に低い傾向にあります。日系企業で働いているアメリカ人従業員は、トップ10%だけでなく、全体的に見ても会社を辞めずに長年勤める傾向が見て取れます。これはちょうど日本にある日本企業とほぼ同じ傾向にあるかと申せます。逆に言うと、日系企業で働いているトップ10%の従業員でも他社で使える能力やスキルは持っていないということを本人自身がひょっとしたら自覚している証左であるのかも知れないのです。
つまり、日系企業で働くアメリカ人は、日本人の場合と同じように、最初はそのような意図はなかったにしても結果的に「就職」ではなく、会社への「就社」に近い状態になっているのではないかと思えるのです。日系企業も実務のそこそこできる中間層からトップ10%に対しては、ベネフィットなどでなかなか他社には移りにくいような環境を、別にこれも最初から意図したわけではなく作り出し、従業員は、日系企業というひとつの限られた枠の中でしか仕事ができないような職業人と化してしまうのです。さらに日系企業が提供するトレーニングは、その会社でしか活かすことのできないような特殊なスキルのものばかりで、他社に移った場合でも役に立つ、ポータブルスキルのトレーニングとはかけ離れていることが多いようにも見受けられます。
今後、日系企業はここアメリカ国内においてもアメリカ企業だけではなく、他のアジア諸国やヨーロッパ諸国からの企業との間で熾烈な競争にますます去らされる状況が出てくるのではないかと考えられます。そのときに就職ではなく、就社のアメリカ人ばかりがいる日系企業の競争力とはいかなるものか、私は正直危惧しています。アメリカ人を日本人化させるのを最初から良しとしている日系企業は恐らくほとんどないと思うのですが、意図せずに現実はそのような路線を走ってしまっているということをまずは、日系企業として認識する必要があるのではないかと、私は考えています。
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