
日本語でも「報復」という言葉は、日常的にはあまり耳にする言葉ではありません。英語では、報復のことを”Retaliation” と言います。やはり日本人の方には馴染みのない英単語ではないかと思われます。ところが、アメリカにおりますとこのRetaliationという言葉は、日本語の報復という言葉と比べてみますと、耳にする頻度も使われる頻度もずっと多いような気がします。それは、雇用に関する訴訟で最も多い理由として挙げられているのが、この報復だからです。アメリカでは実に3分の1が雇用上での報復が理由で、訴訟が起こされているといわれています。
一言に報復と言われても恐らく多くの日本人の方はどうして報復が主要な理由で訴訟まで引き起こされるのか、理解に苦しむ向きがあるのではないでしょうか。いくらアメリカが訴訟大国だといっても、報復が何で訴訟の第一の理由になるのか、私も最初は、皆様同様見当もつきませんでした。しかし、アメリカの雇用法を学び、アメリカの企業で起こるさまざまな訴訟の事例などを身近で目にする中で、報復というものがこの私にもだんだんとその輪郭を現してきました。では事例として架空ではありますが、下記のようなケーススタディを皆様にお話することにいたしましょう。
会社の経理部で働いていた女性社員のAさんがいたとします。Aさんは、経理課長の下で会社のP&L(損得計算書)やバランスシートなどの財務諸表の作成を補佐する業務に長年携わっていたとします。あるとき、その会社の財務諸表の中で理解できない数字がいくつか含まれていることに気がつきました。経理課長に尋ねてみても、明確な回答は一向にありません。むしろ、そのような質問をすることは業務の中で直接的に関係のないことであるので、そのような質問はしないようにと逆に注意を受ける羽目になりました。また外部会計会社からの会計監査の中では不明な数字の入っている財務諸表は、いつの間にか作り変えられていて、会計監査は何ら滞りなく済まされました。
しかし、Aさんはこれら度重なる不明点に更なる疑問を感じ、経理課長を飛び越えて経理部のトップである経理部長に彼女の抱く疑問点を直接ぶつけてみることにしました。Aさんからのそのような疑問点を受けた経理部長は、Aさんを呼び出してこのような質問は、非常に不適切な質問であり、二度と同じような質問をしないようにと厳しく諭されました。それら一連の会社上司からの訓告に近い対応にAさんはどうしても納得がいきませんでした。そしてそうこうするうちに、会社の間接部門のリストラを名目として、Aさんに解雇通達が出されました。Aさんは、この解雇通達は、会社の粉飾決算の疑義に関して疑問を投げかけた自分に対する報復処置であったとして、すぐに法律事務所のドアを叩きました。そして不当解雇があったものとして元いた会社を訴訟する手続きに入りました。
このようなケーススタディは、アメリカでは実はよくある事例だと申し上げらることができます。少し前にお話にはなりますが、かのエンロンで起こった大掛かりな組織ぐるみの不正経理事件でもまさにこのようなことが実際に起こりました。広報部で働いていたシェロン・ワトキンスという女性が会社で不正経理が組織的に行われていたことを突き止めたがために、エンロンを解雇されました。その後に彼女が起こしたエンロンへの訴訟が引き金となって大規模なエンロンの不正会計事件が世に明るみになったということがあったわけです。アメリカの雇用面で一番訴訟になりやすいのは、従業員の解雇です。それは雇用というのは従業員の生活が直接かかっているわけですから、解雇を受ければ訴訟になるのはある意味、当然なことです。
事例で取り上げたAさんやエンロンでのシェロンのケースは、明らかに会社で何らかの明白な不正行為があったことを知った従業員をその報復措置として解雇したという事例でしたが、すべてがすべてこのように白黒がはっきりとしたケースばかりではないのも事実です。雇用法を専門にしているアメリカの弁護士に言わせると、解雇された従業員は、会社から自分に何らかの報復があったということを不当解雇の理由として簡単に使うことが非常に多いという話を聞いたことがあります。また、元従業員の訴訟手続きをする弁護士も会社からの報復があったという「作文」をいともたやすく作成して、会社を訴訟するということが頻繁にあるのだそうです。このような話をきくと、ジョージ・W・ブッシュ前大統領がやはり9.11への報復だという理由を使って、対アフガニスタンや対イラクへの戦争を仕掛けたことが私の脳裏に思い浮かびます。
アメリカは基本的には、キリスト教をベースにして建国がなされ、現在でもキリスト教国家として世界に対峙しているのは誰の目には明らかなことです。キリスト教は聖書によって、キリスト教徒の行動や信条を規定しています。聖書の中にあるイエス・キリストの有名な言葉で「汝の敵を許せ」という教えが例え話を使って出てくる箇所があります。「敵を許す」ことがキリストの教えであるにもかかわらず、キリスト教国家の元首はそれとはまさに正反対の行動に出ています。太平洋戦争の直接的な引き金になった真珠湾攻撃でも、その報復のためにアメリカは日本との開戦に打って出ました。それに比べて、日本の歴史を紐解いてみてもこのような報復を理由にして大規模な戦争になったというのは、私にはすぐには頭に浮かんできません。日米間で80年代後半から90年代前半に起こった貿易摩擦問題などもアメリカ側は確か報復措置という言葉をそこでは多用していました。
キリスト教徒が政治や経済の中枢を占めるアメリカで、報復がいとも簡単になされるのは、どうも私には合点が行きません。日本人としては、アメリカ人との経済や政治においての高度な関係をより深いレベルで構築していく中では、この日本人のあまり馴染みのない報復という概念をもう少し理解しておく必要がありそうです。そうでないといつまた報復措置だといって理不尽な要求を突きつけられるか分かったものではないからです。
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