コロナ禍のために今年の3月から出張やお客様訪問ができず、自宅かオフィスに引きこもった状態が続いておりまして、もう早いもので半年以上にもなります。 ようやくコロナによるニューノーマル(新常態)にも順応していわゆる「コロナ慣れ」してきたものですから、「異文化トーク」の執筆にも取り掛からせていただくことにいたしました。 そしてできれば再度継続していくことができればと自分自身にも言い聞かせているところです。

 

今回取り上げてみましたのは、コロナ禍に入ってから読んだ書籍の中で特に好印象を抱いた、その名も「異文化理解力」 (原題は、”The  Culture Map” – Breaking through the Invisible Boundaries of Global Business” というタイトルの書籍で、著者はパリにある有名大学院であります、INSEAD 客員教授のエリン・マイヤーさんです。 (エリンさんはアメリカミネソタ州出身のアメリカ人女性です。) 日本での翻訳版は、英治出版社から発行されています。 おそらくビジネスレベルにおける異文化を取り扱った書籍の中ではまさに金字塔的な位置を占める名著なのではないかと私としては勝手に評価しております。 日本語の翻訳の質も素晴らしいと思います。 しばらくは、私の「異文化トーク」の記事もエリンさんの名著の中から引用した部分を使わせていただきながら、毎月の執筆ができたらと考えているぐらいです。

 

最初にこの「異文化トーク」で引用してみたいのが、「ネガティブ・フィードバック」についてです。 エリンさんは各国の文化の中で、このネガティブ・フィードバックの伝え方に大きな違いがあるという指摘を本書の中でなされておいでです。 おそらく欧米の職場における人間関係の中で最右翼を占めるコミュニケーション手法は、フィードバックであろうと考えてよいだろうと存じます。 そのフィードバックの中には、良い点を伝えるポジティブ・フィードバックと改善すべき点を伝えるネガティブ・フィードバックの2つの異なるフィードバックがあります。エリンさんの観察によると、とりわけネガティブ・フィードバックのやり方が想定される相手が持つであろう文化からの期待を見事に裏切ることがあるという指摘でありまして、大変興味深いと同時に意外な感覚を覚えさせられます。

 

彼女が使っている事例は、パリにあるフランスのエネルギー企業で働いていた本社フランス人女性がシカゴにあるアメリカ法人オフィスに管理職として赴任してきた際にアメリカ人の部下との間でのコミュニケーション、とりわけネガティブ・フィードバックに関して触れられている場面があります。 フランスでもアメリカ人の印象というのは、きわめて物言いが直接的で何でも白黒つけてはっきり言う人々だと思われているということです。 そこでアメリカのオフィスに乗り込んできたやる気満々のフランス人管理職のサビーヌは、彼女の下で働くことになったアメリカ人社員に対して、何事も表裏なく率直に自分の意見を伝えることをモットーにして彼らに接していたといいます。

 

確かに私たち日本人の目から見てもフランス人のサビーヌの心得はアメリカ人部下を相手をする上では至って妥当な物腰ではないかと感じられるのではないでしょうか。 ところが彼女がフランス本社から赴任してきてからしばらくすると、アメリカ人社員の中からは不満が溢れ出し、とりわけ彼女からしばしば出されるネガティブ・フィードバックに対しては、辟易しているという声が多く出されたのです。 そのような反応に対して今度はサビーヌ自身が驚きですっかり困惑してしまったというのです。

 

さて、この会社ではいったい何があったというのでしょうか。 実は率直な物言いをすると思われているアメリカ人のコミュニケーションに関しましては、2つの異なるフィードバックの中では、とりわけネガティブ・フィードバックに関しては、あまり直接的に伝えるものではなく、どちらかというと間接的で遠回しに、多少遠慮して伝えることが期待されているのです。逆にアメリカほど普段ははっきりとものをいう文化ではないフランスでは、相手に厳しいことをいうときには包み隠さずそれを伝えるというやり方をとるというわけです。

 

つまり、普段のコミュニケーションがネガティブな局面になった瞬間にその特徴が逆転することがある、それは単にアメリカとフランスだけの関係の話ではないとエリンさんは書籍の中で 喝破してくれています。 そういえば、日系企業で働くアメリカ人従業員向けの日米異文化トレーニングを行ってきた私自身もそのトレーニングの中で幾度となく同様な意見をアメリカ人従業員からいただいたことがありました。 つまり、普段は紳士的で物腰の柔らかい日本人上司から業務の改善を指摘されるときは言い方があまりにも直接的で厳しかったことに驚いてしまい、逆にチーム全体の士気が萎えてしまったと告白されたことがありました。

 

アメリカ人に伝える必要があればもちろんネガティブ・フィードバックを行うことはしなければなりませんし、それを回避すべきではありません。 ですが、ネガティブ・フィードバックを受けるアメリカ人の期待というのは、何か柔らかくオブラートで包まれているように伝えてほしいという気持ちがあります。 その点、子供のときから家や学校で褒められることよりも叱られることのほうが多くてそれに慣れている日本人はネガティブ・フィードバックには耐性が出来上がっていて、割りと受け流しができるようになっているのではないかと思われます。 その点ではフランスも似たようなところがあるみたいです。

 

これらの観察や指摘は一種、異文化上で想定されている枠内にありましては盲点ではないかと思います。 アメリカ人はこうだというステレオタイプ型の発想はいったんリセットしておく必要がありそうです。 そして国籍や人種、性別や出身国などでレッテルを貼りがちな私たち人間には、それぞれにバイアス(偏見)を持っているということも異文化コミュニケーションの中ではつくづく忘れてはいけないことだと考えさせられました次第です。

 
9-18-2020


 

酒井 謙吉

President & CEO

Pacific Dreams, Inc.

kenfsakai@pacificdreams.org

www.pacificdreams.org