アメリカに来てこの8月でちょうど丸28年、アメリカのここオレゴン州セーレム市に赴任した1987年の当時は私はまだ28歳の若造でした。つまり今年は、ちょうど人生のそれぞれ半分ずつを日本とアメリカとで過ごしたという節目の年に当たります。50代もすでに早、後半戦に突入している自分は、来年以降は、アメリカ滞在の時間の方が日本にいたときの時間よりもどんどん長くなる一方になっていきます。さらに、職業生活に関していえば、日本ではたかだか6年でしたが、アメリカではそれが28年にもなるわけですので、圧倒的にアメリカで仕事をしている方が長いということになります。

 
 

アメリカでは50歳の誕生日を迎えると、どこで嗅ぎつけたかわからないのですが、AARPAmerican Association of Retired Person; 全米退職者協会)からの会員勧誘のレターが届きます。つまりこの会員数3,600万人を擁する、1958年(私の生まれた年!)に設立された無党派としてはアメリカ最大の非営利団体への加入資格は満50歳以上の者で、年会費わずか$16 を支払えさえすれば、誰でもAARPの会員になることができるのです。ということは、満50歳を迎えれば、アメリカではリタイアする人が出るということですが、現実的には50歳代で現役から一線を退いて引退するという人は非常に少ないと思われます。映画や小説の世界では、優良企業のトップを若くして退いて、あとは株式市場に投資をして悠々自適の生活を満喫するというアメリカンドリームの世界が描かれていたりしますが、やはりそれは映画や小説に限った夢の話だと割り切っておかれていた方が無難です。

 
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アメリカ人はAARPから届いた勧誘レターを自宅の郵便受けで見たときに、はじめて自分は退職を考える年齢に近づいてきたという自覚を持つようです。私は、そのときはAARPなどとは聞いたこともなかったので、勧誘レターはすぐにゴミ箱行きの運命でした。ですが、その後も何回もしつこく送られてくるものですから、妻に教えてもらってAARPの何たるかを悟った次第でした。なるほど、そういえば全米チェーンのモーテル8などの低宿泊施設などには、AARPメンバーのディスカウントの案内が出ていたのをふと思い出したりしました。

 
 

(ちなみにAARPは世界中の人々に会員加入の資格を与えておりますので、日本人の方が日本に住んで日本で働いていても、$16さえ支払えば、会員になれます。詳しくは、下記のメンバーシップのサイトまで行ってみられてみてください。)

 
 
 

50歳になると、他方の特典が生まれてきます。たとえば会社スポンサーで積み立てる企業年金である401(k) というリタイアメント・プランがあります。401(k)は従業員の任意によってするかしないかのプランですが、プランへの従業員の拠出に対して会社がマッチングできることになっていますので、従業員にとっては福利厚生の中でも人気のあるベネフィットであることには違いがありません。50歳以上の従業員は退職するまでの期間がどうしても短くなるため、401(k) に拠出できる上限金額が年間$5,500 非課税でプラスアルファすることができます。これを「キャッチアップ」と呼んでいます。401(k) のほかにも個人年金であるIRAIndividual Retirement Account)も50歳になると同じくキャッチアップの追加拠出が非課税で出来るようになります。

 
 

AARPおよびリタイアメント・プランの恩恵以外にも最近私が経験したエピソードを2つほどご紹介させていただきます。それは昨年のことなのですが、アラバマ州モービル市に出張してたときのこと。クライアント先での仕事が一段落した週末にモービル湾まで日本からの若手の出張者を乗せてレンタカーで物見遊山に繰り出してみました。そこには第2次大戦中に米海軍の主要戦艦として激戦の太平洋戦線に参戦していた戦艦アラバマが引退して博物館のようになって誰でも船内を見学できるようになっていました。入場料はもちろん取られるのですが、チケット売り場の高齢とお見受けする恰幅のよい女性からチケットを買おうとすると、シニアディスカウントがあるからね、と案内板を指されるではありませんか。案内板をマジでよく見てみると55歳以上が子供料金と同じのシニアディスカウント金額になるとあるではありませんか。というわけで私だけは半額の入場料で、戦艦アラバマの中を隅から隅までしっかりと見学させていただきました。

 
 

そしてもうひとつのエピソードは、つい2週間ほど前にあった話。弊社が加入している保険会社が開いてくれたサブウェイのサンドイッチつきのランチセミナーで、その保険会社のプランの詳細ルールと保険の適用になるウェルネスプログラムのプレゼンでした。プレゼン後は、クライアント企業を担当している営業担当者それぞれが個別に顧客である私たちと会って、個々のプランについての質問に答えてくれるという、けっこうアメリカの保険会社としては珍しいほどのアフターケアを施してくれる、顧客志向の企画でした。私についてくれた担当者は、年齢的には私よりも若干上ではないかとお見受けする、健康そうで品のよさそうな女性でした。健康保険には通常、家族のメンバーも加入できますので、家族の話になったところ、その方からお孫さんは何歳になるのですかと突然尋ねられました。ボストンに住む私の一人娘はもうすぐ30歳になるのですが、まだ独身で結婚する気配さえ今のところまったくないように見えると話したら、その方はたいそう不適切ことを言ってしまったと思ったのでしょう、アメリカ人としては珍しく、私に平謝りでした。

 
 

お孫さんがいますかという質問もいまだされたこともなかったですし、ましてや何歳のお孫さんがいるのですかという質問はかなりリープ(飛躍)したものでしたね。彼女には8歳になる男の子のお孫さんがお一人いらっしゃるということで、話題を彼女のお孫さんの話にやんわりと方向転換させてその場の少々気まずい雰囲気をうまく修正することができました。シニアディスカウントと孫の話と確かに自分にも年齢を重ねてきたことの実感が迫られる思いがあったわけです。ちなみに通常のシニアディスカウントは65歳からというのが最も多いです。それは、65歳というのは普通のアメリカ人がリタイアメントを考える節目の年になるからです。なぜかというと、65歳になると健康保険プランは、公的保険である国のメディケアというプランに自動的に移行します。また、社会保障年金(ソーシャルセキュリティ)の給付をほぼ満額支給に近い金額でスタートできますので、アメリカでは65歳にリタイアメントする人が恐らく一番多いと思います。(戦艦アラバマでのシニアの定義は恐らく第2次大戦当事の想定をいまだに続けているからではないかと私は勘ぐっています。)

 
 

ただし、雇用年齢差別禁止法(ADEA: Age Discrimination in Employment Act)という連邦法で一切の年齢差別が禁止されているアメリカでは、65歳になっても本人がまだまだ健康で働く気概に満ちている限りは、強制的に退職させることはアメリカでは基本的にはできません。ですから、日本のような定年退職制度というものは(一部の職種を除いては)ありません。もし定年制を設けようとしたら、それは法律違反になりますので、退職させられた元従業員は会社を不当解雇だとして訴えてくるということは自明の真理になります。このように定年制はアメリカではできませんが、それでも日本人と比べて平均寿命や健康寿命の短い、健康に不安を抱えるアメリカ人は65歳で退職することは普通です。私はどうかといいますと、アメリカで働いている他の日本人全般に言えることではないかと思いますが、健康な限り働き続けることでしょうね。ましてや、自分の作った会社でオーナー社長として働いているわけですから、いまのところリタイアメントという言葉はまだ自分の辞書には載っていません。まあ、私のアメリカ人女房にそんな話をするといい顔は決してしてくれませんが。