キャスティング・ディレクターという黒子役
 
 
 

月曜から土曜の毎朝8時から放送されているNHKの朝ドラ「マッサン」をご覧になられた方はきっと大勢いらっしゃったことと思います。この朝ドラはすでに今年の3月末で終了しているにもかかわらず、まだその余韻が尾を引いていて、日本のマスコミを賑わし続けています。その際たる要因は、今から100年近く前にマッサンこと、亀山政春と国際結婚をして日本に来た妻役の亀山エリーとして起用された、アメリカ人舞台女優のシャーロット・ケイト・フォックスが日本ではいまだ熱い話題になっているからだと申せます。

 

彼女の日本人にあった可愛らしさとキャラクター、彼女の醸し出す雰囲気、そして何よりも素晴らしかったのはちょっと馴れない日本語を懸命に駆使しながらも、その圧倒的な演技力がもつ素晴らしさでした。恐らくマッサンを見始めて、このエリー役のシャーロットに気を留めた方であれば、このような女優さんをNHKはどのようにして見つけ出してきたのだろうかという素朴な疑問なり好奇心が芽生えてきたのではないでしょうか。シャーロットは国内外合わせて500人以上の応募者の中から選ばれて抜擢され、朝ドラ史上初めての外国人ヒロインとなりました。

 
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シャーロットのような俳優さんを日米間をかけて見つけ出す仕事をなさっておいでなのが、奈良橋陽子さんという方です。もともとは著名な作詞家で、日本で多くのヒット曲の作詞をなされていました。奈良橋さんのお名前はドラマのクレジットに出てくることもないので、その意味ではまさに黒子役に徹した存在です。このような奈良橋さんの職業はキャスティング・ディレクターと呼ばれていますが、一般にはあまり馴染みのない職業です。ですが、キャスティング・ディレクターのような黒子役のプロフェッショナルがいなければ、今回のようなエリー役にピッタリはまったシャーロットさんのような人を探し出すことは至難の業ではなかったかと容易に想像されます。

 
 

しかも奈良橋さんは自分が探し出した候補者がオーディションでしっかり受かるようになるための演技の指導やトレーニングまで自分で買って出て最後まで徹底して面倒をみるというのですから、とても生半可なことではできない職業です。シャーロットさんも奈良橋さんがいなかったらオーディションに合格できる自分はありえかったとテレビのインタヴューで感慨深げに涙を浮かべて話しておられました。まさに奈良橋さんがいたおかげで、日本の朝ドラに夢のようなシンデレラ物語を誕生させてくれたわけなのです。奈良橋さんは、過去にも渡辺謙をハリウッド映画の「ラスト・サムライ」に紹介して、翌年(2003年)のアカデミー賞では彼は助演男優賞にノミネートされています。ここでも、渡辺謙が映画の役にピッタリはまって演技をしていなければ、アカデミー賞にノミネートされることなどありえなかったわけです。

 
 
日米の映画界や演劇界にあって貴重な人的リソースとそのネットワークをもたれている奈良橋さんのような黒子役の存在はどんなにソーシャルメディアが幅を利かせても決して一朝一夕に生まれるわけではありません。私がアメリカに長く住んでいて感じることは、アメリカでは日本の良質な映画が上演されたり、配給になったり、ましてやDVDで販売されたりするのを見たり聞いたりする機会がとても少ないということです。恐らく香港や韓国の映画のほうがアメリカではよほど出回っているのではないかという印象があります。私としては、奈良橋さんのような業界に長年精通されたプロの方が日本映画の配給者側からいずれ生まれてくることを期待したいです。そして今度は、シャーロットさんのような俳優さんが日本人でアメリカの映画界に現れないものかというのも考えられないことではないとやはり期待してみたいです。
 
 
「マッサン」については、また機会を見つけてまったく別の角度から取り上げてみたいと思います。アメリカに来てからというもの、こんなにはまってしまった日本のテレビ小説はいままでにひとつもありませんでした。私だけでなく、アメリカ人の私の妻も完全にはまってしまっています。いくつかのシーンは、妻が実際に日本で暮らし始めたときにまさに経験したことだったそうです。そのような昔のことを思い出して、夫婦二人で話ができるのも「マッサン」のおかげです。そして「マッサン」を見るといつも私たち夫婦のことを思い出すと言ってくれる日本にいる友人の方が何人かいます。最初は何を言っているんだと思ってしまいましたが、後からそこはかとない嬉しさが胸にジーンと染み入ってきました。奈良橋さん、シャーロットを見つけてくれて、本当に有難うございました。