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先月末に東京の外国人特派員協会で開かれた講演会にスピーカーとして登場した楽天の三木谷社長は、英語の講演の中で「日本の製造業が苦しんでいるのは、英語の能力がなかったことも影響している」と述べたということで、外野席では物議をかもし出している模様です。楽天の社内ではこの71日から本格的に英語公用語化がスタートするとあって、楽天での取り組みについて三木谷氏は講演されたということです。主として英語公用語化による海外戦略や海外企業買収上でのメリットを強調されていたようですが、日本の製造業についての発言は、私としてはやや違和感を覚える印象として残りました。
 
確かに楽天は、ネットショッピングの業態では日本一の企業で、今後は世界を視野にアマゾン・ドットコムと本格的なつばぜり合いを演じていこうとする戦略なのでしょう。ですが、日本企業の中で製造業以外において世界市場で海外企業と伍してビジネスを展開している企業がどのくらいあるというのでしょうか。楽天にしたって、これから海外に軸足を置いてマーケティングをしていくというところで、アメリカ人で楽天のことを知っている人などはほんの一握りの人しかいないはずです。楽天が属する日本のサービス産業の中で、アマゾンやウォールマートのような世界でも名だたる企業は、未だ誕生していません。ところがトヨタやホンダ、ソニーの名前を知らないという人は海外でもほとんど見当たりません。
 
三木谷氏が講演の中で言及した「製造業」という意味は、携帯電話の事例のことのようで、当初から先進的な機能を満載していた日本の携帯電話機は、世界標準にはなれず、マーケットシェアもジリ貧が続き、今では取り返しもつかないほど広がった韓国メーカーとの差にあがいている現状を憂慮して、心情として「製造業」という言葉が口から突いて出たのではないかと勝手に想像しています。また、ソニーやパナソニック、シャープなどの日本を代表する家電メーカーが大赤字を計上し、何千人もの従業員削減を発表した矢先にあっては、日本の製造業全体が不振に陥っているという見方をされているのでしょうが、日本の製造業の味方を自認するこの私には、少々穏やかではない心持ちを抱いてしまいます。
 
それは、日本の自動車メーカーをはじめとして、世界で名をはせている日本の製造業会社に枚挙の暇がないという事実からです。三木谷氏も楽天が少しでも世界的に名の知れた企業になっている状況であれば、「日本の製造業が」という発言はあってもよいと思いますが、自分がまだその段階に達していないはるか前段階での発言としては、好ましいものではありません。すでに海外で多くの成功を収めている日本の製造業会社に対してかなり失礼な物言いだと思います。
 
まあ経営者の中には、過激なことを云うことで、内外における退路を絶ち、プレッシャーをかけて、何がなんでも目標達成させるというタイプの人がいますが、三木谷氏の日頃からの言動をマスコミを介して観察していると、まさにその典型だと私の目には映ります。逆に日本の製造業がもっと従業員への英語能力開発に力を注いでいれば、携帯電話の国際標準が取れて、韓国メーカーのはるか後塵を拝しているような今の低迷している現実も起こらなかったとおっしゃりたかったのでしょうか。
 
確かに楽天のように社内で行う会議をすべて英語にするような企業は、製造業であれ、サービス業であれ、日本企業の中には今まで1社も輩出してこなかったわけですので、英語能力の欠如が即日本企業の世界標準化を妨げていて、そのために経営不振に陥っている原因のひとつであったのかどうかは、三木谷氏が云うほどには、立証のしようがないことであって、結果的に世界標準にならなかったのだからというだけでは、説得力としては十分ではないように思います。
 
逆に社内文書などの作成時点で、最初から英語で書かれているということであれば、少なくとも日本語で書かれている文書の場合ですと必ず通らなければならない翻訳という作業もしなくて済みますので、時間のスピードアップとコストの削減に貢献することに関しては間違いないでしょう。ただし、英語ネイティブでない日本人技術者が最初から英語だけを使って、テクニカルマニュアルを書くというのは、かなりハードルの高い課題であるといえるでしょう。はじめから英語で書かなければならない、会議はすべて英語でしなければならないという状況下で、翻訳や通訳の手間や時間は省けても、それらの渦中にいる当事者たちの創造性や効率が犠牲になるということはないのでしょうか。恐らく製造業に身を置く人々の多くは、その辺のところを最も懐疑的に考えているだろうということは容易に想像がつきます。
 
現在27の国が集まって形成されているEUEurope Union; 欧州連合 )諸国には、23の公用語を採択しているため、欧州理事会から発行されるすべての正式公文書は毎回23ヶ国語に翻訳されるのだそうです。そういえば、ヨーロッパの普通のビジネスピープルの多くは、日本人が思っているほどには英語が堪能ではありません。果たして、最初から自分たちの国の言葉を使わずして、自分たちの核となる発想や議論が本当に生み出すことができるものなのでしょうか。
 

楽天のようなネットショッピングの企業が壮大な実験として社内の英語公用語化を唱えるのは、製造業の場合と比べると、まだ理にかなっているのかもしれません。PLProductLiability; 製造物責任)を負っている製造業の場合、小さなミスでも安全性の上で命取りにさえつながりかねません。その辺が、ネットショッピングの業態とは、責任の度合いがまったく違う次元であるので、簡単には楽天のような実験を行うこともままならないという事情があるということは、製造業に従事する方々は三木谷氏に伍して声高に主張なさってよいのではないかないでしょうか。日本のものづくりに携わる企業とそこで働く人々の矜持というものを示してほしいと思います。

 

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