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今年は妻が大学卒業30周年目ということで、この週末は地元にある彼女の出身大学であるウィラメット大学の同窓会に妻とともに出かけることにしました。同窓会は、英語では“Alumni”といいます。私は当初卒業30周年を記念して1981年の卒業生だけの集まりかと思っていたのですが、アメリカの大学の同窓会というのは、基本的に年1回すべての卒業生を対象として開かれる大きなイベントであるということがわかりました。特に卒業10周年、20周年、25周年、30周年というのは、やはり卒業後の節目の年に当たりますので、それぞれ節目の年の卒業生の参加者が目立ちました。
 
ウィラメット大学は、アメリカのミシシッピ河以西では最も古い大学で、創立は1842年の大変伝統あるリベラルアーツ系の名門私立大学です。アメリカの大学でリベラルアーツというと教養学部というように日本語では訳されていることが多いようですが、実際には、文科系大学という名称の方が、どちらかというとピッタリくるような感じがします。アメリカのリベラルアーツ系の私立大学は、比較的小規模な大学が多く、このウィラメット大学も州立大学などと比べると規模は、かなり小さい方だと思います。それでも毎年の卒業生は、500名前後ということですので、まあそこそこ中堅のサイズです。私の卒業した信州大学農学部の卒業生は、当時(やはり1981年)学部全体でも100名いたか、いなかったかの大変こじんまりとしたものでした。それに比べれば、500名の卒業生というのは大きな数字です。
 
ウィラメット大学は、当時から名門であるがためか、授業料がオレゴン州の中でも最も高い大学のひとつであった関係で、裕福な家庭の子息が入る大学としての認知度がありました。伝統ある小規模な名門私立大学に入学ができるのは、親にある程度の経済力があるか、あるいは優秀な学生に与えられる大学からのスカラーシップ(奨学金)を得られるかのやはりどちらかになるのではないかと思います。妻の場合は、明らかに後者の方であり、大学授業料はスカラーシップでまかない、生活費はアルバイトで何とかやりくりをしていた模様です。
 
通常アメリカの私立大学は、最初の2年間は大学構内にある寮生活を送ることが義務付けられていて、寮生活を通して生涯にわたる交友関係を築きます。妻の場合も住んでいた寮でその後の友人関係が決まってしまうところが大いにあったようで、逆に住んでいる寮が違うと交流はきわめて限られてしまったようです。それは、少なくとも2食は寮で食事をしたりするのが毎日のことであれば、いやでも同じ寮に住む人たちと顔を合わせることになり、寮の自治会やイベントなどを通じて、タイトな人間関係が育まれていくわけです。
 
アメリカの私立大学には、グリークシステムというのがあります。女子学生がソラリティ、男子学生がフラタニティと呼ばれて、なぜかギリシャ語の頭文字を取った名称がついていて、ひとつの決まった建物の中で寮生活を送ります。大学内の公然とした秘密結社のような排他的な雰囲気があり、入会を認められるためには厳格な審査があり、それにパスしないと入れません。一種のエリート学生の特権層みたいな感じがします。女子学生は特に美貌やファッションのセンスまでもが問われるようです。私の妻は、苦学の末に大学を卒業した方ですから、このようなグリークシステムとは、ほとんど縁もゆかりもなかったようで、むしろそのようなシステムが大学の中に存在していること自体に眉をひそめていたタイプでした。
 
大学の同窓会ともなるとすべての卒業生が対象になるわけですが、やはりグリーククラブに籍を置いていた元学生の出席者の方が多く、会場を見回してもそのようなどちらかというと振る舞いが派手で、目立ちがり屋でアグレシッブな感じのセレブタイプの人々がうるさいぐらい賑やかに談笑をしていました。グリーククラブに背を向けていた妻は、同じ1981年卒業生の中でも同窓会の会場では知っている元学友の数はほんの数名でした。グリーククラブ在籍者の方でもあなたは一体誰でしたっけ?といった感じの人たちばかりでした。それでもグリーククラブ在籍者であろうがなかろうが、そのうちに自分の身の回りの話に移ってくるとだんだんとお互いが打ち解けてくるのがよくわかりました。
 
ソラリティ出身の女性は、50歳を過ぎた段階になっても、髪を見事な金髪に染め、念入りにお化粧を施し、豪華な宝飾類で着飾っている、見た目にはかなり魅力的な女性が多かったです。それでも話をしてみるとそれなりに卒業後の30年の間には、山あり谷ありの起伏の富んだ人生の話に耳を傾ける、そんな時間を持ちました。逆にフラタニティにいた学生時代は花形であった男性陣の方は、年の割には老け込んだ人が多く、ストレスのせいなのか、うつむきかげんで、見た目もさることながら話をしていてもあまりバイテリティが感じられませんでした。話をしている話題にしてもあまり面白いところがなく、かなり退屈な感じで私たちは彼らの話を仕方なく聞き流していました。
 
妻は、幾人かの男性を見て、学生であった当時と今とではまるで天と地の違いだと言っていました。ディナーの席上を囲んだ数組のカップルの中で、最もハンサムで伴侶として選んでベストの男性はこの私だったと同窓会後に帰り着いた我が家でポツリと告白してくれました。その妻の告白は、まんざらでもなかったですね、私にとっては。
 
 
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