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先月、センソリセラピーのトレーニングのために訪日した際に、現在は、タイのバンコクにいる私の妹家族のもとで暮らしている私の母がタイから東京でマンション購入するために訪日しました。というよりも母は私の訪日に合わせて自分の訪日の予定を組んだようです。私も丸1週間大阪でセンソリセラピーのトレーニングに同行していましたので、大阪から東京まで移動をして東京・日暮里のホテルで母と落ち合い、その翌日に二人して東京の葛飾区青戸にある親子2代でやっている小さな不動産屋さんに足を運びました。すでに前回の訪日で母と私の妹が訪問して決めたという、葛飾柴又にあるマンションの部屋を購入するための売買契約書を取り交わすということで、私も立会人として母に同行をした次第です。

 

母が私たちが育った東京葛飾の一軒家を売却したのは、昨年5月のことで、その売却金で新たにマンション、つまり不動産を買うことになったわけです。そのための売買契約書の締結ですので、英語で言えば、Closing(クロージング)に当たります。まず不動産屋さんで作成してくれた売買契約書を一通り不動産屋さんの営業担当の息子さんが母に対して丁寧に細かに説明してくれました。アメリカで住宅ローン(Mortgage)を組むときに多くの契約書にサインをしますが、そのときと基本は同じです。ですが日本の場合、すべてを1枚の売買契約書に含めようとするため、契約書が数ページに及んでビッシリ書かれてあるので、その説明を一つ一つ聞くだけで1時間近くがかかりました。その代わり、アメリカのように何枚もの異なる契約書に別々にサインをするという手間はありませんでした。それと日本の場合は、サインではなく、判子を押すというのがいまだに法的拘束力となっていて、指に力のなかなか入らない母に代わって私がすべて判子を押しました。

 

契約書の説明後に判子を押してやれやれと一息入れていると、今度は、売り手であります不動産会社の営業部の方がタイミングよく現れ、その方が今度は契約書の売り手のところに社印を押す段取りとなりました。売買契約書ですから、買い手(私の母)がいれば売り手(マンションを所有する不動産会社)も当然いるわけですが、契約書締結時に買い手と売り手とが一堂に会して判子を押すというのは、アメリカでは見られない光景だと話をしたら、不動産屋さんからも不動産会社さんの営業マンの方からも驚かれました。日本では、必ず買い手も売り手も同じく顔をつき合わせて契約締結時には判子の押し合いをするものだということで、アメリカとは確かに違いますねという感想を思わず抱きました。

 

もうひとつ大きな日米間におけるクロージングの違いは、アメリカでは第三者機関に不動産のアプレーザル(Appraisal)を事前に必ず行い、不動産の価値の査定を正確にかつ公平に行うことになっています。恐らくこれはアメリカの州の法律で定められているのではないかと思います。しかし、日本ではそのような第三者機関を使っての不動産の査定は普通行っていないとのことでしたので、それは私には少々驚きでした。私たちも今から20年以上前にオレゴンで最初に家の購入を考えたときに、ある気に入った物件のアプレーザルを行ったところ、家の床下がかなりシロアリにやられているということがわかり、その家の購入交渉をその時点でストップさせたことがありました。それは、外部からプロの人間の査定が入らなければ、恐らく私たちだけではわからなかったのではなかったかと思われます。

 

まあほかにも細かく言えばいくつかの違いがあったのですが、なにはともあれ、マンション購入のための売買契約書は母と不動産会社との間で無事締結されました。その後、不動産屋さんの息子さんの方が母と私を車に乗せて、柴又にあるマンションまで連れて行って、マンションの部屋の中も見せていただきました。マンションは、柴又街道沿いにある住宅街の一角にあり、京成金町線の柴又駅からですと徒歩10分ほどです。さらに北総線という比較的新しい鉄道が走っていて、その新柴又の駅からは徒歩7分でした。マンション自体は古いのですが、中は大変きれいに改装がなされていて、金額の割には、十分過ぎるほどの良質な物件でした。マンションを見た帰りは、母と柴又帝釈天の方に出向き、帝釈天の中道にある寅さんの映画に出てくるような昔ながらのお店でマンション購入お祝いにと、特上のうな重で母とともにお昼を満喫しました。

 

柴又には「川甚(かわじん)」という、かの明治の文豪、夏目漱石も通っていた有名な川魚料理のお店があります。この川甚は、すでに10年以上前に亡くなった父が会社でよく会合などを開いていた馴染みの店で、柴又の街自体、父がこよなく愛していたところでもあります。父が亡くなったときも、四十九日の席は、この川甚を使いました。さらに私がまだ小さいときから、お正月には必ずこの帝釈天に家族で参拝していたものです。帰りに立ち寄った京成柴又駅には、寅さんの銅像がひっそりと建っていました。

 

いまは、柴又には寅さんの博物館もあるということで、東京の中でもちょっとした観光スポットになっています。金曜日の週日で雨の降るあいにくのお天気の中でしたが、柴又を訪れる観光客の方もそこそこいらっしゃいました。東京の中だというのに、ここ柴又は京都や奈良に似通った、ちょっと異次元の空気がかもし出されている、そんな場所ではないかと感じました。母は、なくなったお祖父さんのお手配で柴又にこうしてマンションが見つかったのだろうと話してくれました。私も実は心からそう思いました。

 

 

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