イメージ 1
ブラック・スワンは、日本語に訳せば「黒鳥」ということになりますが、今日お話しするのは、今年のアカデミー主演女優賞を見事に射止めたナタリー・ポートマン主演のスリラー映画「ブラック・スワン」についてではありません。(まだ映画は見ていませんが、スリラーというよりは錯綜した心理ホラー劇に近い映画のようですから、心臓の弱い方にはお勧めできないようです。)本日お話しするブラック・スワンというのは、映画とはまったく関係のない思想書として出されているナシーム・ニコラス・タレブ著「ブラック・スワン:不確実性とリスクの本質」の方です。本著は、2007年にアメリカで出版されて以来、150万部以上が売れたという上下合わせると600ページを超えるこの手のお堅い大著としては稀に見るほどのベストセラーを記録した書籍です。日本でも2年ほどしてから翻訳版がダイヤモンド社から出されています。
 
アメリカでかなり話題になっていた著書でしたので、日本語版が出てから東京に行った際にすぐに上巻だけをとりあえず購入してみました。ところが忙しさにかまけて2年近く読まずに積読されたままでした。ですが、サブタイトルでもあります「不確実性とリスクの本質」といううたい文句に誘われて、先日ついにページをめくり始めてみました。それは何といっても今回の地震と津波、それに伴う原発の放射能問題が、果たして本当にブラック・スワンであるのかどうかを本書を通じて自分なりに検証してみたいという気持ちが沸いてきたからです。
 
本書を書いたタレブ氏は、もともとはニューヨーク株式市場で最先端の金融工学を駆使しながら、株取引を行っていたデリバティブ・トレーダーでした。また彼は、もともとはレバノン出身のアメリカ人ということもあってか、どうも文化的にあまり縁がないというか、まったく違う世界に生きている人であるという印象を強く持ちました。それでも、そのような違う異文化の世界に生きている人の体験や思想に接することができるのも読書ならではのメリットでありますから、レバノンの民族やその地での宗教話なども当然あってよいわけです。ですが、肝心のそれら文章がこなれていないというか、頭をひねらないと理解がおぼつかない、平たく言えば質のよくない悪文の連続で、簡単にサラッと書けばよいところを二重否定や三重否定を入れて、まるで日本の政府関係者の原発に関しての発表のような文章となっています。
 
おそらく、著者自身の書き方があまり要領を得ていないのと、翻訳者の翻訳の質自体も拙劣という二重のマイナス・スパイラルに陥っているためのこれは必然的な結果だと思います。それにしても英語での原文は読んではいないものの、日本語翻訳版の出来からして、アメリカで150万部以上が売れたというのはにわかには信じられない質の書籍です。それは、多分本書が出版されてからまもなくして、多くのサブプライムローンの破綻やリーマンショックなどの金融危機が突発したために、それらの予言の書というような口込みがなされてアメリカでは、異常にもてはやされたような気がします。とにかく読み進めるだけでも難儀であるため、現在3分の1程度を読んだところですでにリタイアしているところです。中身もわからずに下巻まで買わなくて本当によかったと思います。
 
ブラック・スワンというのは、世界で初めて18世紀初頭にオーストラリアで黒鳥というものの存在がわかって、当時の生物学者の概念を根底から揺さぶったことに由来しています。つまり、起こりえないことが起こったときのことを象徴的に意図して使うひとつの例えとしての英語表現となっています。ですから、英語の本来のブラック・スワンの意味からなぞれば、今回の東日本大震災で発生した地震やそれに伴う津波はまさにブラック・スワン以外の何ものでもなかったと申すことができるでしょう。そしてわれわれ人類は、残念ながらこのブラック・スワンが来ることを予知したり、ましてや防御することなど出来ないと著者は、断言しています。
 
だから何なのだといいたいところがあるのですが、私たち日本人も、このブラック・スワンが存在することをまずは認めるというところから再出発しなかればならないというのは妥当な論点だと思います。東日本大震災が起こる以前の地震予知関係者から、869年に起こったとされる貞観地震で押し寄せた大津波の高さを防波堤の現行の高さに対して考慮だにしようとしなかった東京電力の幹部連中は、このブラック・スワンの存在をまるで認めようとしなかったと今になっていわれてもまったく何の言い訳も出来ません。逆にもしブラック・スワンの存在を声高に叫ぶ者がそこにいれば、その人間は、組織にとっては「ブラック・シープ」だというレッテルを貼られることになるでしょう。
 
ブラック・シープとは、本来、ヒツジは白い毛をしているのが常識だというわけで、それが黒いのですから、「はみ出し者、厄介者」という意味で使われる英語表現となっています。ブラック・スワンの存在を認識するためには、組織の中にいるブラック・シープの存在も認めていかなければなりません。そうでなければ、日本の組織はいつまでたってもあまり変わり映えしないということになるかもしれません。この大震災での教訓を今後に対していかに生かし、組織を変えていくことが出来るのか、まさに日本は正念場に身を置くことになるでしょう。
 
 
P.S.パシフィック・ドリームス社のサイトにも是非お立ち寄りくださいね。サイトは毎日更新しています。http://www.pacificdreams.orgまで。