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  先日DVDになったばかりのクリント・イーストウッドが監督した最新作 “Hereafter“2010年)を家族とともに週末に自宅で鑑賞しました。映画のタイトルになっているこのHereafter とは英語で「死後(あの世)の世界」を意味する単語で、臨死体験や死んでしまった者への思いを持ったそれぞれまったく別個に生きる3人の主人公の人生が同時進行形で描かれた内容となっています。次第にそれら3人のまったく別個だった人生が少しずつ交差していく過程が展開されていくようになります。パリのフランス人で、売れっ子ニュースキャスターのヒロインが映画の冒頭部分で東南アジア旅行中に津波に巻き込まれるというシーンが入っていたため、現在日本では上映中止が決まっており、残念ながらフィルムはお蔵入りになっています。
 
「死後の世界」というようなタイトルからすれば、オカルト的な映画ではないかと考えられてもちっともおかしくないのですが、実際の内容はぜんぜんオカルト的ではなく、つまりあの世のことではなくこの世のことを丁寧に描いている映画です。イーストウッドの映画ではいつも水を得た魚のような演技を生き生きとしてくれるマット・デーモンが今回も好演をしてくれています。名前は失念しましたが、フランス人のヒロインもなかなか魅力的です。それでも津波のシーンを除いては、これといって大きなストーリーラインの展開が特にあるわけでもなく、全体的にはどちらかというとかなり地味な感じの映画に落ち着いています。この映画を監督したイーストウッド自身、すでに彼も80歳、俳優としても映画監督としても、そして一人の人間としても円熟の境地に到達した彼の現在の心境を余すところなく表現している味わい深い映像ではなかったかと思わざるを得ませんでした。
 
人生というのはひたすらあの世のことを考えたり、あの世の存在を捜し求めたりすることではない、あくまでも人生の答えは、今生きているこの世の中にあるものであり、生きている中でこそ、その答えが潜んでいるものなのだというようなメッセージが映画鑑賞後に私の脳裏に残りました。今回の地震や津波によって家が流されたり、肉親や友人の方々がお亡くなりになられた方々が大勢いらっしゃいます。そのような極度の困難と悲しみの状況の中にあると、人々はその過酷な現実からつい目をそらそうとして、あらぬあの世のことをふと考えてしまい、次第にそれらに心が占有されてしまうことさえ出てきます。
 
イーストウッドは、日本での映画公開に先立って行われたインタービューで、「人生はギフトだ。だから、自分のベストを尽くすことが人生で最も重要だと考えてきた」という話をしていました。人生をギフトに例えている彼の言葉に、私は新鮮な感銘を受けました。天(神)から人間に贈られたものが人生であるとするならば、それはしっかりと大事に生きていかなければならないというのは、自然な考え方です。しかし私たち日本人は、人生をそのようにギフトとして、果たして捉えているのでしょうか。映画でマット・デーモンが演じた主人公は、彼の持つ特殊な能力をギフトではなく、カース(呪い)だと吐き捨てるように言う場面が出てきます。今回のような大災害で大きな悲しみを経験した人ならば、そのような心情の発露の方がむしろ自然な成り行きなのでありましょう。
 
それでもそのような人間の力ではどうしようもない大災害や自然の力による悲劇に万が一見舞われた場合であったとしても、「人生はギフトだ」と考えてみた方が、「人生はカースだ」と考えるよりは人間にとってはるかに心の救済になります。贈られたギフトは、そのギフトの正しい使い方を考え、いつのときにも正しく大切に使うのは贈られた側の人間としての使命でありましょう。そのようなことをこの映画ではささやかに暗示してくれているような気がいたします。
 
911の同時多発テロが起こったときにも、死んだ人々への家族や友人たちの思いを考慮して、アメリカ国内ではFMラジオ局の選曲からジョン・レノンの「イマジン」やレッド・ツェッペリンの「天国の階段」は一切封印されてしばらくの間、曲が流されることはありませんでした。多分そのようなことが91134年の間は続いたのではなかったでしょうか。映画の世界でも911を描いた「ワールドトレードセンター」や「ユナイテッド93」が一般公開にこぎつけたのは、2006年の春でしたので、911から5年近くも経ってからのことでしたました。
 
日本でも東日本大震災で被った人々の心の傷跡が癒されるまでいったいどのくらいの時間と年月がかかることでありましょうか。福島第一の原発問題もいまだ収束していない現段階において、推測することすらもはばかれるような気がいたします。それでもあの世ではないこの世をテーマにした、このイーストウッドのHereafterの日本での再公開が可能となる日を、そして映画の中の津波のシーンが問題にならなくなるまでにかかる時間が決して未来永劫ではないことだけを祈るばかりです。
 
 
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