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いまさらここで言うまでもないことですが、今回の東日本大震災では、M9という信じられない規模の大地震とその巨大地震による大津波で、誰も想定したことのない未曾有の大災害となってしまいました。特に連日行われている福島第一原発での各原子炉への放水作業は、世界中が固唾を呑んで見守るという状態がいまだ続いています。今まで日本の電力の30%以上を補ってきた日本の原子力の安全神話はいまやものの見事に崩壊の極みに立たされています。

 
日本にある原発施設のそれぞれの位置を俯瞰してみると、そのほとんどすべてが海岸線上にあることがわかります。それは、原子炉で発生した余剰の熱を海とその海水とを利用して取り除いてきたという日本の原発の基本設計構造に起因していることによります。それは、アメリカにある原発には必ず付いている巨大な冷却塔というものが日本の原発にはまったく見られないということからもわかります。
 
海岸に隣接して原発を立てている以上、地震が起これば津波の被害にさらされるリスクが常に付きまとうというようなことは、誰から見ましても簡単にわかることです。しかしアメリカにある原発のように、海の代わりに河川沿いに作られることの多い原発とは違い、冷却塔の建設分が浮くためからなのか、ひたすら海岸線に原発を建設してきたという経緯が日本ではあったようです。それが今回の巨大地震による大津波で大変な裏目をみるというきわめて深刻な事態に陥ってしまったわけです。
 
今回の大震災では、いみじくも日本人の持っている強さと弱さをはかなくも露呈させました。強さは、世界のメディアが報道しているように、大災害に瀕しても暴動などが決して起きない日本人の精神性と律儀な面です。本当にそれらは世界に誇っていい日本人の素晴らしい特質だといえます。かたや、弱さとしては、それもいろいろと取り上げられているようですが、あるものをかたくなに信じていて、それがあるとき駄目になるところでの弱さというところにあるのではないかと思います。その意味で、「想定外」という言葉には、日本人の弱いところが集約されているような響きを思わず感じえずにはいません。
 
それは今までにも、日本人とアメリカ人のエンジニア同士が基本的な設計上での問題にぶつかり、解決に向けての議論をしている中で、アメリカ人からは、基本設計に関してのさまざまなアイデアが出されるのに対して、日本人エンジニアの方は、基本設計にしても基本構造にしても、そもそも正しい方法はひとつしかなく、それ以外で議論をすること自体が邪道だというような姿勢がありありとしていて、いつまでたっても日本人とアメリカ人お互いの議論は一向に噛み合わない場面が出てまいります。
 
コンピュータ・セキュリティソフトの大手グローバル企業であるトレンドマイクロの創業者で台湾出身のスティーブ・チャン会長は、日本人の弱点として、「いつも解決策はひとつしかないと考えがちである」というような指摘をどこか雑誌インタビューでの記事で読んだことがあります。新種のコンピュータウィルスに対して、常にその先を行く防御対策を考えなければならないトレンドマイクロのような企業であれば、既存のやり方や設計だけに捕らわれて、固定観念だけを持っていたのでは、到底その種の新しいコンピュータウィルスへの脅威に太刀打ちしていくことなどできるわけがないというのは想像に難くないところです。それを解決策はただひとつ、正しい設計もただひとつ、従わなければならないプロセスもただひとつというのでは、十分に防御効力のある柔軟なセキュリティソフトの開発などができるわけがないでありましょう。
 
得てして、日本の超エリート層や超有名大学出身者には、この手の傾向が特に強いように感じます。それは、私自身がエリートとはほとんどかけ離れた存在であり、かつまた有名大学出身者でないことからくる、単なるひがみだけでこのようなことを申しているわけでもありません。人間というのは、むしろ想定外の危機に見舞われたときに本当にその人自身が持っている真の姿が内心から現れてくるのかもしれません。修羅場をまったく知らずに常に成績優秀者として今まで上りつめてこられた人は、このような未曾有の危機には特に非力であるのかもしれません。そしてふと口をついて出てくる言葉としては、「想定していなかった」というだけなのでは、残念ながら言い訳としても通用するものではありません。
 
いろいろな設計思想があって、問題が起これば様々な解決策が実は存在するものなのだという雰囲気をまずは日本の組織や社会の中で今後増長させていく必要があります。そのためには、お互いの個性やその違い、ユニークな点などを認めあえる多様化した組織であり、社会であることが望ましいわけです。組織の誰かが、仮に言い出した人間が社内で超少数派であっても、海岸線にだけ原発を作るリスクを主張し続けてきたのであれば、ひょっとしてアメリカ型の河川沿いにある巨大な冷却塔を要した原発が1基ぐらいは日本にも生まれていた可能性が生まれたのではないかと考えるのは、うがった考え方でありましょうか。
 
私は、生来ヘソ曲がりなところがありましたので、大多数の人が考えないような思考回路を宿していたかもしれないので、勝手な発言だとは思いながらも、人とは違った意見を常々述べる傾向があります。それが好まれるときもありますし、まったくそうでないときもありますので、エリートとはかけ離れた道をひたすら歩ませられてきたというような変な自負を持っています。
 

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