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もともとは欧州のオーストリアのウィーン出身ではありますが、1937年にアメリカに移住して以来、2005年にお亡くなられるまでアメリカにいたピーター・ドラッカーは意外なほど一般のアメリカ人には知られてならず、当然ですが、知られていないので、日本のように著書が売れたり、ドラッカーの研究書や関連書が出されたりなどということはありません。ドラッカーが、長年大学院教授として教鞭を執られていたクレアモント大学には、彼の名前を冠したビジネススクール(The Peter Drucker Graduate Scholl of Management)がありますが、その地元の南カリフォルニアでさえも、ドラッカーの名前や業績を知る人は少ないのがどうも現実であるようなのです。
 
ある日系企業の日本人社長Mさんが、日本から赴任されてきて、M社長は長年筋金入りのドッラカーファン(“ドラッカリアン”と呼ぶそうな)で、彼の著作のすべてを読破し、自身の企業経営観にも多大なる影響をドラッカーから受けられた方でありました。もちろん、いくつかのドラッカーの名著は原文の英語でもお読みになっていたM社長は、アメリカの子会社に就任して真っ先にやりたかったことは、その子会社で働くアメリカ人幹部社員に対してドラッカーの名著である「マネジメント」を読む読書会を持つということでした。ところが、アメリカ人幹部でドラッカーの名前を知っている者や彼の著書を読んだ者は誰もおらず、そこからしてMさんが挫折感を味わうことになったのです。
 
会社の費用でドラッカーのマネジメントの原書を購入し、1冊ずつアメリカ人幹部社員に配ったまではよかったのですが、誰も積極的に読もうとする人間はおらず、ましてや社内で読書会を開催するという企画もあっさりと頓挫してしまいました。Mさんご自身は、大変なドラッカー研究家ではあったのですが、アメリカ人幹部にドラッカーの著書や彼の持つ企業経営の真髄を英語で伝授するということには、語学的にもやはり敷居の高いところがありました。そこで、なぜか、弊社が主催したセミナーを介してお知り合いになったこの私に、アメリカ人幹部社員向けのドラッカーのマネジメント哲学を伝授する社内セミナーのご相談に白羽の矢が立ったのです。
 
私もそこそこドラッカーの結構なファンではあるには間違いないのではありますが、ドラッカリアンとまではとてもいきませんし、語学力に関係なく、ドラッカーについて英語でアメリカ人幹部に社内セミナーを開けるほどのキャパシティはとてもではないですが、持ち合わせていないのは、火を見るより明らかなことでした。そこで、ドラッカーについて講義のできるそれなりの人を私の持つネットワークの中からいないだろうかと探したところ、やはりそれが簡単には見つからないのです。まあそれでも右往曲折を経て何とかそれだけのキャパのある方がやっとのことで見つかったのですが、その過程の中で、ドラッカー自体がアメリカではほとんど知られていないという驚くべき事実を知らされたというわけです。
 
どこの国でも時代でも似たことはきっとあるのでしょうが、欧州出身ではありながら欧州よりもはるかにアメリカ生活の長いドラッカーがお膝元のアメリカでほとんど知られていないというのは、日本人の方には意外を通り越して、衝撃であるかもしれません。しかし、かつて日本に統計的品質管理の概念と手法を戦後もたらしてくれた、かのエドワード・デミングも彼は生粋のアメリカ人であったにもかかわらず、アメリカでは、長年ほとんど彼の名前や業績などは何も知られていませんでした。デミングのことはまた別の機会で書いてみたいと思いますが、ドラッカーに関しましては、アメリカではほとんど知られていないというのは、私も彼の著書を読んでいて感じることがあり、それがアメリカ人のカルチャーにどうも馴染まないようなところがあるからではないのかと私には思えるようになりました。
 
それは、ドラッカーの書き方には、読む者に対して、最初からこうなのだというような断定的な答えを必ずしも提供してくれていないというところがあります。答えは、ドラッカーの著書を読む者がそこから何らかのインスピレーションを得て自分自身が答えを見つけ出す長い旅路に出るような仕掛けを作っているだけ、そんなところがあります。ですから答えは最初から用意されているわけではないのです。答えに関して考えるのは、自分自身であって、しかも簡単に答えが見つかるような設問の仕方でもないのです。当然、彼の著書を隅々まで読んでみても、答えは書いてあるわけではありません。そこが、プラグマティスト(実利主義者)が主流の一般アメリカ人からすると、奥歯に物が詰ったような感覚を覚えるところがきっとあるのではないかと思う次第です。
 
ドラッカーがお亡くなりになってからちょうど5年になろうとしてますが、今でも日本の方ではドラッカー関連書籍が毎月のようにこの出版不況の最中にあっても発刊が続いています。リーマンショック後のアメリカ経済をはじめ、世界経済は回復の途上にあるとは云うものの、今後の情勢は、ますます不透明感が増してきている感がいたします。そのような可視感のない、混沌としたこの世界の中にあって、自分自身で、あるいは企業自身で答えを見つけ出すための旅路に出ることの重要性を示唆してくれるドラッカーの著書の多くは、彼が亡くなってからますますその価値は輝きを増してきているように思います。優れた指標を失っているかのように見えるこの現在のアメリカの中で、ドラッカーの見直しや再考が起こることを期待して止みません。そしてそれは、ドラッカーを深く信奉する日本人や日本企業がリーダーシップを発揮していただく分野でもあるということも期待してみたいと思います。
 
 
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